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ふにょふにょ不如意/Sence of Wonder
2009年 05月 29日 (金) 02:25 | 編集
雨です。

退社後、一番年の近い先輩と、会社の近くでラーメンを食べて帰った。
博多のお店をのれんわけして長いこと続いてる店で、
出てきたラーメンはまぎれもなく博多ラーメンでした。

でも久々で「カタ麺で」と言うのを忘れた上に、
ここの麺はのびやすいみたいで、
ふつう麺で頼んだら、あっというまにふにょふにょになってしまった。
バリ固くらいでオーダーせないかんばい!!

辛子高菜を入れるのを知らなかった先輩に、私のトッピングを半分提供。
あと、「一○堂」の福岡における微妙なポジション
(平均的に好まれるけどフェイバリットにはあんまりなり得ない感じ)
についても解説してあげた。


先輩は年が近いだけあって「早く帰りたいですね」とか
こそっと言えてしまう感じの距離感なのですが
なんか人に本音っぽいものをしゃべらすのがうまくて、
今日もいっぱい誘導尋問されてしまった・・・。
あの技術はなんなんだろう。盗みたいけど、術にかかったときはもう遅いわけで。



外でご飯を食べてしまったことだし、徹底的にルーティンを崩したれと思って、
考えごとをすべく、商店街のスタバに寄った。
2階のカウンター席(再び)でぐにぐに考えていたら
やっぱりよくない方向にいってしまう。この、へたくそ!(考えごとが。)


スタバを出てから雨のなか、
戻しすぎたワカメのように輪郭を失いつつよたよたとマンションにたどり着くと、
例の箱の中で、密林よりの使者が不敵な笑みを浮かべて鎮座し、
私の帰りを待ち構えていたのでした。

「おとといの欲望をお届けに上がりましたぜ」

現代の便利に生かされているわたし。あと2歩でゾンビだったわ。


IMG_4793.jpg

というわけで、ほむらさんへの耽溺をいっそう深める。
「文藝」最新号はほむらさんの特集!

穂村弘×谷川俊太郎の対談の中で、
ほむらさんが使った「シンパシー」と「ワンダー」という言葉が、
わたしが常々こねくりまわしていたあるジャンルの好き嫌いを
あまりにも鮮やかに切り分けてくれたので、
驚嘆のあまり「そうなのかー!」と叫び出したくなりました。まさにワンダー。


私のおーざっぱな解釈では

ワンダー   感嘆、なんか分からんけどなんか好き、魅了されてしまう感じ

シンパシー  感動、共感、分かりやすい、泣ける など


となると、私は明らかに「ワンダー」の方を熱烈に信奉しているらしいのですが、
その姿勢には、「シンパシー」のもつ普遍性や人として当たり前の優しさを
全部とりこぼしているのではないかという不安がつきまとうのです。

でも、この両者の間には対立軸は存在しないと思いたいし・・・。

何よりも、私たち受け手のところまで届く「ワンダー」は
しっかり普遍性を獲得しているからこそなのよね。だから本とかになるわけで。



ああ意味不明になってもうた。


「ワンダー」の感覚を研ぎすましていったら、
なんかすごいなにかこう・・・・うーん!!!


頭で星がちかちかしとるばい。
もうちょっと読んだら寝よう。



今、耳にくっついて取れないほむらさんの歌。


〈 「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」 〉


これって、酔っぱらった彼氏が彼女に電話をかけたの?
それとも、彼女が電話をかけたら彼氏が酔っぱらってたの?
結局、どっちでもいい、が答えなの?
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