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だまされることのしあわせ/穂村弘「現実入門」を中心に
2009年 06月 21日 (日) 15:46 | 編集
現実入門_

穂村弘「現実入門」 光文社 (2005) 


お風呂で「あははは」と声を出して
乗り換えのホームで肩をふるわせて

とりあえず笑いながら読みました


この本の帯を読んで、そういえばあったなー、と思い出したのですが
数年前、mixiで流行った、
さまざまな項目が羅列され、それを体験済みかどうかで◯×をつけていく
「経験値リスト」のバトン。
あれは、ほむらさんのエッセイがもとになっているのだそうです。しらなんだ。


執筆当時42歳、独身、実家住まい。
会社員を続けながら広く執筆活動する中で
自分が著しく「現実が怖い」「経験値が低い」と自覚していたほむらさんが
美人編集者・サクマさんの導きで一念発起、
いい大人であれば大半の人が当たり前に経験済みの諸々に
1つずつチャレンジしていった模様をつづった抱腹絶倒エッセイ

のふりをした、本 です。



体験レポートの体裁をとってはいますが
巧妙にフィクションが混入されているのは間違いないと思います。
(でもどこまで本当でどっから嘘か分かんない。)
最後は「現実」入門どころかその裏側の非現実へ読者を引きずり込み、
「えーっ」とか言ってる私たちを、しゅっと煙にまいたまま終わります。


楽しくうっかりだまされてしまう、その仕掛けについて
以下、果敢にも、検証にトライ。
*

献血、合コン、競馬、はとバス、「一日お父さん」。

1章ごとに、担当編集者のサクマさんと様々な新しい体験をしていくのですが
その過程で魅力的な彼女に恋をし、なんと最終章でプロポーズし、結婚!
読者に「ほむらさんまじで!おめでとう!!」と思わせる。
それが全体の流れとなっています。


・・・果たして、ほんとうにそうなのか?
ほむらさんはこの連載がきっかけで美人編集者と結婚したのか?


各章の構造をみてみます。

どの章の冒頭でも、
メールのやりとりや打ち合わせなどでサクマさんとの会話が必ず登場し、
それが導入のテンプレートとなっています。
ところが、
最後から2番目の章、「部屋を探す」段になって、
ほむらさんは一人で不動産屋さんに出かけている。

ほむらさんはいっぱいいっぱいながら、なんとか独力で部屋を決める。
すると、最後のページになって、思い出したかのようにサクマさんが登場。


「それで、二軒目で決めちゃったんですか」とサクマさんは驚いたように云った。
「そんな狭い部屋を」
(中略)
「ふたりで住むのに」と呟くサクマさんの眉根に深い皺が寄っている。



続く最終章では、「彼女」の実家を訪れ


「お嬢さんと結婚させてください」


こんな流れでは
この連載がきっかけで、サクマさんと結婚したと思ってしまっても、無理はない。


しかし!
ここで注目したいのが、ほむらさんが部屋を借りたという町の名前。

この本では、合コンの六本木、モデルルーム見学の恵比寿、府中競馬場など、
初体験の取材のためにほむらさんとサクマさんが訪れた場所は、
実際の地名で登場し、正確に描かれている。

ところが、部屋探しで訪れた不動産屋がある町は

「花荻窪」

え、ないよそんな駅、西荻窪ならあるけど・・・?


さらに、最終章のあとでつづられた「あとがき」では、

「どうもありがとう。あなたのおかげで人生が変わりました。」

と、サクマさんに謝辞を述べるものの、
出版社に電話をかけてみると「サクマ」なんて編集者はいないと告げられている。
そういえば、最終章では「サクマ」のサの字も出てきていないのです。

「では、あなたは誰なんでしょう?天使?まさか。」

「天使」というキーワードは、ほむらさんがよく使う
「素敵で可憐な架空の存在」をあらわす記号。

つまり

ほんとはない町に部屋を借りて、これから共に暮らしはじめるサクマさん・・・

=架空の人物!

ということが示されているのでした。


ほむらさんはこの頃にほんとに結婚しているけれど
そのお相手は図書館につとめる女性だと、別の場所で読みました。

こういうまどろっこしい読みをしなくたって、
前述で引用した「あとがき」を読めば、

「なんだかあなたが本当はいないような気がして」(下線部は傍点)
「この世に天使など存在する筈がありません」

という記述からちゃんとネタバラシしてくれてることは分かります。

担当編集の方と、連載のために取材を重ねたのは本当だと思います。
この企画に乗っけて、自身の結婚報告をうまいこと書いちゃったのでしょうね。

*

ほむらさんは、エッセイという形式では
自分をどこまでも情けない人物として描く。その姿勢は徹底している。

エッセイ中に登場する、ダメすぎる事実やエピソードは本当かもしれない。
でも、短歌作品や評論などの著作を読めば、それだけの人物じゃないことは明白です。
実際は知的で才気あふれる男性で、きっと人となりも魅力的に違いない。
そして、いくら自分が世界とズレていると主張しても、
なんだかんだ言って、十数年にわたってまっとうな会社員を続けていた人なのです。


バブルのころ、大学生のほむらさんが
浮き足立った周りの雰囲気にまるでなじめず、
強すぎる自意識と格闘する中で出会ったのが、短歌。

短歌入門書「短歌という爆弾」の中では、
活動を初めて間もない頃の自作の短歌(角川短歌賞次席)と、
同時期に同人誌に入会したときの支離滅裂な自己紹介を挙げ、
そのふたつを比較し緻密に分析することで
当時の自分のぐじゃぐじゃを生かすことのできた、
短歌という形式の可能性を裏付けようと試みている。

つまり、
時間がたったとはいえ、かつての自分の血であった作品を
冷静に俯瞰し、正確に論じることができる人、だと言えます。

*

だからこの「現実入門」でも、
自分と自分の体験を一度地面にねかせた上で
高度1000メートルくらいの高いところからチェック
フィクションを絶妙なさじかげんで混ぜながら、
笑えるダメ人間っぷり、つまり「自分の見せ方」を、
ミリ単位でちょいちょいと微調整して練り上げたのではないでしょうか。


わたしが最近思っていることの一つに

「最も愛されるのは、人間くさい天才である」

という、確信ともいうべき実感がある。

ほむらさんも、これを計算づくで実践しちゃってる人ではなかろうか。


おおお、こわ!!



ダメ人間のふりをしたほむらさんに、だまされてはいけない。

でも、読み手としては、だまされたままでも、
それはそれで愉快で幸せで悪くないと思うので、
ああ、やっぱりおそるべし、そして愛すべし、穂村弘。
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