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ライアン・ラーキンという人を知った。
2009年 10月 07日 (水) 01:39 | 編集
ryan.jpg

きのう、雨のスペイン坂の、小さなシアターで、
「ライアン・ラーキン 路上に咲いたアニメーション」を観た。

下北沢で観たやつといい、最近カナダづいているなあ。


若くして栄光をつかんだものの、その後、路上生活を送った天才アニメーション作家。
過去の作品と、ドキュメンタリーと、仲間によって完成された遺作など、
数本のフィルムから成る1時間ほどのプログラム。


やっぱり過去の代表作、
「ウォーキング」(1968)、「ストリート・ミュージック」(1972)がよかった。


「ウォーキング」は、水彩の色が鮮やかに明滅しながら、本当にひとが歩いているだけ。
でも、少しずつデフォルメされていたり、誰一人として同じ歩き方をしていなかったり、
「歩く」という動作をここまで凝視した、っていうことがすごいんだとおもう。

「ストリート・ミュージック」も、美しい線が流動的に動き続けて、
命を持った水を眺めているような気持ち。線はあるけど、輪郭はないんだなぁ。


この2つは、ただ動いてるだけで、プリミティブなのに、すごくおもしろかった。
動作そのものや、「音楽」がタイトルになっているように、
いわば、純粋な詩みたいなものだったんだとおもう。
「ウォーキング」の人々が、夢の中のような表情でただ歩くだけだったように、
本人も、ただやりたくて、夢中で作ったんじゃないかと思う。


この後、最後に上映されたのが、
35年ぶりに制作に取り組んだものの未完のまま残され、
仲間が完成させた遺作「スペア・チェンジ 小銭を」(2008)。
そこには、かつての作品に見られた動きのモチーフも再現されているのだけど、
なんとなく、前のにくらべて、少しつまらなくなっていた気がする。

それはたぶん、アニメーションに、意味や情報を盛り込んでいたから。
あからさまな意味のせいで、詩的な美しさとかドキドキする感じは失われていた気がする。
人物の表情は「こう思っている」という記号性を帯びて、やや平板だった。
恋人と宇宙に飛び出して地球を眺める、なんて題材は、すごく「ふつう」な感じがした。

途中で亡くなってしまっているので、どこまで本人が作ったものか分かんない。
でも、こうやって遺作が形になったのはすごい価値があると思う。


25歳にしてアカデミー賞にノミネート。
早すぎる成功が、彼を苦しめ、転落させた、という。
それも含めて、最後に観た遺作は、なんだか少し悲しい印象を残した。

初期作品から遺作までの軌跡と共にある天才の人生をたどる、濃密な体験でした。

今までぜんぜん知らなかったので、観れてよかった!
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