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考えごとスペシャル1/映像をつくっていたことを思い出す話
2010年 02月 20日 (土) 04:07 | 編集
きょうは仕事で、最近話題の映像作家のリストアップなどをした。
なんか、いつもより2000倍くらい疲れました。

クライアントとの打ち合わせの席で
そんなことになろうとはね・・・





映像制作は大学でしぬほどはまって、わんさか作った。
でも、サークルを引退し、授業でおおきな作品を作ったあと、ばっさりやめた。
大学では、環境と人に恵まれたから出来たのですよね。
もう、アフエフもプレミアも使い方わすれちゃったよ~。


でも今でも、見るのは好きです。大好きです。
エモーショナルで、人間くさくて、魅了してくれる、最強のエンタメだと思ってます。
「誰でもかんたんに楽しめる」「人をうんと喜ばすことができる」という側面で、
これに勝てる表現形式はない気がする。


ちょっと前に会社で、某代理店のクリエイターの講演を聞いた。
コミュニケーションデザインの第一人者で、若きスターです。すごいひとでした。

その人の話からちょっとつまむと、

情報過多の今、人の1日は24時間から全然増えてないのに、
テレビもYouTubeも携帯もあって、なんだかみんな忙しい。

だから今の世の中では
「圧倒的にお得」or「圧倒的におもしろい」
コンテンツじゃないと、誰も見てくれなくなっている、
のだそうです。

これきいて、そのあとその人の本も読んで、わたしはすごく納得した。


たしかに漫才は早口の掛け合いが主流だし、
ネタ番組も、1分で笑わせるスタイルとかが増えた。

もうみんな、かんぺきに気が短くなってるんだと思う。



映像の話にもどるけど

商業ではなく個人制作できちんとクオリティを保てる尺は、
よくわかんないけど、5、6分までなんじゃないかと思う。

そして、見る側にとっても、
面白いかどうか保証がない中で、それを気にせず再生をクリックできる尺も、
それと同じくらいなんじゃないかな。

わたしだったら、YouTubeで気になる個人制作の映像を見つけて、
「これ超おもしろいから!」ってコメントがつきまくってても
何も考えずに「よっしゃ!」って再生できるのは、7分台のコンテンツまでかなあ。
それ以上はちょっと不安だから考えてしまう。

たとえば最近話題になったアニメーション作品「恋するネズミ」は、
15分近くあるものを3分台/6分台/4分台にわけてアップしてて、
これは、切る場所も含めて上手いと思いました。
えげつなくない程度に続きが気になり、しぜんに次の話へと進むことができる。


こまかい感想はいろいろあるんだけど、それは別にした上で、
最終的にこれは15分見続けて損はない作品ではあると思う。
でもこれが15分台のまんまアップされていたら、
再生をクリックした人の数は単純に減っていたかも、と思うのです。


もしわたしが、10分くらいある作品を見始めて3分でつまんないと判断したら・・・
(そう、つまんないと思ったときに我慢できるのも3分くらいかもしれない)
そこで見るのを止めればいいだけなのに、やっぱり「3分かえせ!」って思っちゃうかも。


いや、わたしの気が短いだけかな・・・。




映像には、人を夢中にさせる力があるけど、
どんな内容であっても、とにかく人の時間を奪う。
その尺の分だけ、見てくれる人の時間をきっちりいただく。
作るなら、絶対そのことを忘れてはいけない、と思う。


しかし

文章も、またしかり。

「冗長」「意味なし」「自己まんぞく」

とのたたかいだ。





この話は次回、「ツイッターをはじめる前に」

に続きます。続くんかい。ねえ、冗長って知ってる!?
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