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レインブーツでロックンロール/それはたぶん幸福な王子
2010年 05月 25日 (火) 03:37 | 編集
日曜のライブのことを書こう。てみじかに。
凝ると、また寝るのが遅くなって、仕事中にスイマーの襲撃を受ける。


MAMALAID RAGというバンドがあって、
わたしは高校生のときから聴いていた。
3人組だったそのバンドは、いろいろあって、いまひとり。

田中さんという人は、存在そのものがこのバンドの音楽の血肉である。

曲をつくり、歌い、ギターやピアノ、あらゆる楽器を意のままに奏でる。
彼は、音楽そのものから深い寵愛を受けて生きている。

つまりそのことが、
このバンドの希有な音楽性の源であり、また、バンドを今のような形態にしたとも言える。



ROOMSという、落ち着いた白い壁が素敵なハコだった。
レインブーツの足をそろえて、ファジーネーブルをすすりながら待った。
SEがフェードアウトし、照明がやわらかく落ちて、サポートのメンバーが揃う。

「大将、出てこないね」「タバコ吸ってる」

ステージの会話が客席に伝わり、笑いのさざめきが広がるほどの、こぢんまりとした集い。


薄いピンクのシャツと焦げ茶のニットタイにジャケットを羽織って、
田中さんは、ひょいひょい、とステージに現れた。
いつもどおり、足許は真っ白なコンバース。
仕立ての良いジャケットの、グレーの生地がやわらかく包む肩は、
あいかわらず信じられないほどの細さなのだった。

田中さんは、いつも、MCをぽつりぽつりと少しだけ、寡黙にライブを進行する。
ここ最近では、去年の12月に高野寛のサポートに出ていたのを渋谷で見たのが最後だった。
ギタリストとしてのサポートということもあり、
いつも以上に澄ました表情で、職人のように艶やかにギターを鳴らしていた。


でも、今回はちがった。

これまでが「クールな文学青年」だとしたら、今回は「あかるいお兄さん」だった。

序盤からあまりにもふわふわと、滑らかに楽しそうに喋るものだから、
あろうことかわたしは、変なきのこでも食ったんじゃないかと不安になった。

半分過ぎるくらいまでは、なんだかチェリーパイを潰すようなじっとりしたノリだった。
わたしはいつもこうなんだ。彼らのライブの前半は、いまいち身が入らないことが多い。
演奏のせいなのかじぶんのせいなのかよくわからない。

集中力の欠けた状態で演奏を聴いていると、ものすごい高速で考え事が回る。

2曲目に早くも登場したのは、
ごく初期のシングルで、広く受け入れられた「目抜き通り」。
一瞬にして時間を越えるブライトな演奏に、光の束を見た気がした。
わたしは高校生だった。一緒に聴く人は何度も変わった。バンドのメンバーも。
それでも、メロディが残り、演奏者が集えば、曲は何度でもその時を生きるのだと思った。


どのバンドにも、曲調や方向性の変化は訪れる。ママレイドラグもその例に漏れない。
初期の曲に比べて、骨太なロックからは離れ、明るくふわふわする曲の割合が多くなった。

言葉に関しても、タイトルや歌詞は抽象性を増し、おめでたい内容が増えた(失敬)。
きみがいてしあわせ~、きみはすてきだね~、といった風な。
新しいアルバム収録曲のタイトルだけ見ても、
「ずっと二人で」「彼女の恋」「I LOVE」「MY LOVE」など、
言葉に対する強い思い入れは、あまり感じられない。
もう、とくに意味はないですー、という感じでつけてるんだろうなあと思う。

ふわんふわんした曲は、なかなかのるのが難しいのだ。
いつも客席で思うのだけど、ほかのお客さんも一緒に、たぶんそう感じている。
ママラグの場合は、スタンディングのハコでも椅子を並べてくれてるので、余計に。


しかし、終盤にロックナンバーを固め撃ちしはじめてからは違った。
間違いなく、演奏のノリは徐々にひとつにまとまっていき、
客席は一小節ごとにステージに引きつけられていった。

古参のリスナーは、「ワトスン」の最初のコードをほのめかすだけで沸き、
田中さんがギターのフレットにカポタストをはめるだけで「春雨道中」を予感する。
それらはいわゆる「おなじみの、待ってました曲」であり、「のれる」曲ではあった。
でも、この輝き、このまとまりは、ロックナンバーだからこそだとわたしは思う。
彼らが最初に脚光を浴びた2002年のコンピ盤「喫茶ロック」のタイトルからも伺えるように
やっぱりママレイドラグのリスナーは、ずっとロックが好きだったのだ。


歌詞にたった一度登場する「~してくれたまえ」という言い回しから、
曲のタイトルを「ワトスン」にしてしまうウィット。
「春雨道中」という、たった一言で世界観を立ち上げる力。
その頃の曲のタイトルは具体性をもち、また詩情がこもっていた。

そして歌詞のテキストが含む、乳鉢ですり潰したハーブのような、青春の苦さと香り。
若く鮮やかな感傷は、ロックの曲調にとてもよく合っていたのだなあ、と今思う。

その後、ボサノヴァやジャズ、いろんなエッセンスをどん欲に取り入れて
ママレイドラグは様々な曲をつくった。そして、わたしたちもそれを楽しんだ。
だけど、彼らの薫り立つようなロックナンバーをライブで聴くとき、
やっぱりわたしは、ママレイドラグは紛れもなくロックバンドなのだ、と強く思う。


引きこもりの時期(メンバー脱退とか活動休止とか)を経て、
20代に別れを告げた田中さんは今、とても幸せそうに曲をつくり、奏でている。
8年もから見ているのに、もうずっと年をとっていないような気がする。
あかるい曲調、ふわんふわんの表情。時も憂いも知らない幸福の王子。


しかし、2度目のアンコールでは、新しいアルバムの最後にあたる曲をやった。
それはこてこてのロックンロールだった。かっこいいロックじゃなくて、こってこて。
サポートの貴巳さんは客席をあおり、ついに観客を立ち上がらせた。
いや、そろそろうずうずしていたけど、これは絶対に貴巳さんの手柄だ。笑

サポートの山田貴巳さんはすばらしいギタリスト。ずっと前にもサポートで来てくれた。
久しぶりに会えるのがうれしくて、席は貴巳さんの来るであろう上手を選んだ。
(前から2番目とかだと、正面からちょっと外したくらいがわたしは落ち着く。)

彼と田中さんのかけあいは、エンターテイメント性ばつぐんだった。
ふたり並んで、片足をあげてぴょんぴょん移動しながら弾くなんて、
これまでの田中氏からは考えられないようなパフォーマンスだった。

(彼の朗らかさは、貴巳さんにいい意味で影響されたのだろうか。かもな。うん。)

信じられないような明るいパフォーマンスを繰り広げるステージを前に、
お洒落とはいえないこの曲で、わたしたちは両手を掲げて飛び跳ねて、
体ぜんたいで一瞬一瞬を味わった。

「Do You Know Rock'n'Roll?」「Yes !」

ステージも観客も最強に楽しんだこの曲が、
ふわふわ期にある今の曲であること、それはとても嬉しいことだと思った。
ママレイドラグはこれからもロックバンドであり続ける。

最高潮に盛り上がったアウトロで、
田中さんは満面の笑みでギターをかき鳴らしながら言った。

「ママレイドラグは、やわなバンドじゃないよ」

大喜びで応える客席。
メンバーが辞めたりバンマスが引き蘢ったり、そういうことはみんな知っている。
それでも、誰もが笑顔で応えている。
バンマスたったひとりでも、ママレイドラグはバンドなのだ。

「ママレイドラグは、ロックバンドです」

微笑んでいっそうギターをかき鳴らす田中氏。この確信犯め。
バンマスが雨男のせいで、雨に降られることの多いママレイドラグのライブ。
きらきらした光の中、レインブーツで飛び跳ねながら、
18歳から好きなバンドがなくならなくて、これからも好きでいられそうで、
ほんとによかったー、と、深く安堵したのだった。





ぜんぜんてみじかではなかった。やはり1時間以上書いていたな。

あ、新しいアルバムは「SPRING MIST」、
曲のタイトルが適当とかひどいことを言ってしまいましたけど、いい曲が多かった!
同時に「the essential MAMALAID RAG」というベスト盤も出ているけれど、
これはシングル曲をあつめたもの、という意味合いが強く、
わたしは自分でつくったベスト盤のほうが好きです(笑)。ほしいひとには差し上げます。
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