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ほむらさんの恋愛エッセイをよむ
2010年 08月 16日 (月) 00:34 | 編集
moshimoshi.jpg

「もしもし、運命の人ですか」穂村弘(メディアファクトリー)



わたしはこれを、白バイブルと勝手に呼んでいる。(赤バイブルもある。)
ほむらさんは色んな本で恋愛のことを書いているのだけど、
この本は、まるまる1冊、それがテーマなのです。


これはのっけから、敬愛する姉・ひとみさんの作品が引用されてるんだぜ!


膀胱炎になってもいいからこの人の隣りを今は離れたくない  柴田瞳


ほむらさんはこの歌を引用して、

「ときめき」に鷲づかみされた乙女心が生々しく詠われた秀作だと思う。


と評している。

初句6音がいいよねとか「隣り」の送り仮名がとか語順が効いてるとか
そういう歌会的なことはすっ飛ばしても、これ、絶対分かりますよね女子なら・・・

トイレに行っているその一瞬に、和民の、つぼ八の、白木屋のその座布団は、
ぜったいに違う女子(あんがい悪気のない男子)に奪われているんだぜ・・・!



ほむらさんの恋愛エッセイにおける記述がどんなものかは、この後に書いてゆくとして。

sekai2.jpg

それより前に出たエッセイ本「世界音痴」(小学館)に、
「恋の三要素」という章(P.76)がある。
(それにしてもこの表紙の写真はすばらしいと思う)


その章の中で、
恋愛の三要素として、ほむらさんはこのラインナップを挙げている。

〈ときめき〉〈親密さ〉〈性欲〉



恋の三要素は、〈ときめき〉〈親密さ〉〈性欲〉だと、私は思っている。このうちふたつが維持できれば、その恋は続く。一般的には、時間の経過と共に〈ときめき〉と〈性欲〉の値は減少し、〈親密さ〉は増大する。二対一では不利なのである。



最初の2つは時間に比例して減りがちで、
時間とともに大きくなるのは「親密さ」だけ。
2対1で不利であるとし、恋愛の継続の難しさを主張している。


これは感覚的に納得できた。
それに、女子会(笑)でわたしのすきな著者がこんなことを書いているよーと言うと
みんなも「ほお!」と言ってくれます。

ところがなんと、別の人も同じ事を言っているのに出くわした。
ちょと前に新聞の日曜版で見つけてびっくりしたのだけど、

婚活の話題などでしばしば登場する、
恋愛科学の権威であるヘレン・フィッシャー博士が同じようなテーマで挙げていたのは

〈恋愛〉〈性欲〉〈愛着〉


ほとんどかんぺきに一致してるではないか!すごい!
「2対1で不利」の話は多分出てこなかったと思うけど・・・
とりあえず強引に言えば、ほむらさんの「恋愛の三要素」は
恋愛化学的にも証明されたって・・・ことです。笑



ほむらさんのエッセイはどれも好きで愛読しているけれど、
格段に光っているのは恋愛がテーマのときだと、わたしは思う。


ほむらさんの恋愛における生態はふしぎである。

世間でうまく振る舞えない、冴えない風を装っていながら、

「車の中で女の子といちゃいちゃしていたからだ」

「新入社員の女の子と遊園地でデートしていたら」

「いつも行くラブホテルとは違うのだ」

「はじめて女性をホテルに誘うときは緊張する」

などという記述が頻出。(この部分の引用は確実ではありません。。)


しかし、ほむらさんが単純にもてる話かというと、違う。たぶん。笑

高校時代に完全に支配されていた価値観、
「イケてる・イケてない」ではまるっきり後者であったと語り、
合コンは「現実入門」の企画で参加したのが初体験ということになっている。
会社員時代の職場が登場するときは、本人の描かれ方はまさに、
「冴えない総務課長代理」である(のち課長に昇進、現在は退職して文筆業に専念)。


10年来の彼女に振られて詩集が1冊編めてしまう(「求愛瞳孔反射」河出書房)一方で、
エッセイには過去の恋愛エピソードがたくさん出てくる。
登場する女性たちは、
大学の同級生からほとんど魔女レベルのエキセントリックな美女まで、実にさまざま。

かといってことさら露悪的でもなく。

なんだろうこの妙なバランス感は。

どんくさいプレイボーイ、ってところだろうか。

(恋愛以外の記述にしても、とにかく、
自分をみくびらせるのがとにかくうまいのだと思う。)


しかし、そんなほむらさんは数年前にめでたく結婚した。


genjitu.jpg

「現実入門」(光文社)


「現実入門」では、はっきりとプロポーズのシーンが
(半分フィクションとはいえ)描かれているため、
それを読むと、「ああほむらさん結婚なさったのね!」と諒解できる。

(ちなみに「穂村弘 結婚相手」「穂村弘 サクマさん」というキーワードで
こちらにたどりつく方が毎月すこしずついらっしゃいます)
だまされることのしあわせ/穂村弘「現実入門」を中心に


08746353.jpg

「本当はちがうんだ日記」(集英社)


ところが、その前後の時期にさまざまな媒体に掲載された短いエッセイをまとめた本
「本当はちがうんだ日記」あたりになると
途中まではいろんな女の子とのふらふらっぷりが散見され、
「課長代理で妻もなく子どももなく」というくだりが繰り返されるのに
後半にさしかかると、とつぜん、「妻」が登場する。

奥様のことは、文脈のなかにふわりと立ち現れる。
過剰な修飾語を伴わずに、「妻」とだけ、シンプルに。
ついに手にした健やかで穏やかな愛は、大切だからこそきっとネタにはならないのだ。


ほむらさんは結婚なさったので、ふらふら期間は、終了した。
これから、新しい恋愛のエピソードは生まれず、
回想や観察から得た考察、一般論のみで綴られていくのだろう。


だけど、読み手のわたしは、
ほむらさんの恋愛エッセイの真骨頂は、
つきあってない、結婚してないときの滅茶苦茶でいい加減な話だ、と感じてしまう。

もちろん全部が実体験だと思って読んではいけないと思うし
本当か嘘かを考えながら読むのはあんまり上手い楽しみ方ではないと思う。
しかしそれでも、
魔女みたいなものすごい女の人にハマってしまったときの話に出てくる記述

私はラブホテルから通う会社も休みがちになっていた。
 

(『もしもし、運命の人ですか』所収「魔女と恋に堕ちる理由」より)

とか、なんかもう、いろいろ通り越して、すごい。


9784163247403.jpg

「にょっ記」(文芸春秋)


しかし・・・そんな読み手のわがままも、
「にょっ記」の冒頭に添えられた献辞


〈かよに〉


で吹っ飛んでしまう。 (かよさん、というのは奥様のお名前らしい)


のっけから素敵爆弾。参りました。。


つねに色んな雑誌にコラムやエッセイが載っていて、追うこっちは全然追いつかない。
とくに女性誌からは年中ひっぱりだこである。
書く内容そのものがチャーミングで、幅広い支持を得ているのはもちろんだけど、
たぶん、編集側からみると、「歌人」という肩書きが、みそなのだ。

既刊のものはだいたい読んだけど、
これから出る本もゆっくり読み続けると思う。
ぶっとんだ恋バナがないとしても。





追記

じつはこれ1年くらい前に下書きを書いていて、
あとは引用にあたって本をひっくり返すのがしんどいという理由で
じっとり寝かされていたものでした。(しょうもないところで筆無精。)
そのあとさらに、本は何冊も出ていて、それを追いかけて読んではいるけど
とりあえず、下書きをベースにのせました。
引用された歌の作者であるひとみさんとも、知り合う前だったような気がする。

あと、この文章のスタンスは、完全に読者目線でちょっと前のものかなあと思う。
今まっしろから書こうと思ったらわたしはもうこのテンションでは書けないなあ。。。
(おもいっきり選歌をしてもらっているからです)


さらに追記

409408441X.jpg

こちらは、「世界音痴」の文庫版の表紙。

一見、気づかなかったんですが、単行本のときとは
構図や、仕上げ色のトーン、そして決定的に
「寿司が流れているかどうか」が違うのでした!

そして、ほむらさんが、こっちを見ている。笑(画像をクリックするとやや分かる)

わたしは単行本版のほうが、好きです…!
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