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てんしん
2010年 09月 06日 (月) 01:40 | 編集
print201008_0003.jpg
ようよう、しろく Nikon EM / Nikkor 50mm F1.8 Fuji X-tra400 / albus


弟は高校生です

最後の体育大会なので、母と行ってきました(父仕事、妹タイミングわるく今日東京へ)

応援団の晴れ姿を、6倍ズームでがしがし撮りました。


ちょっと前に弟が、応援団の子たちがおそろいでする手作りの腕章に
どんな四字熟語を入れるかうんうん考えていたのですが、
けっきょく、「天真爛漫」、になったそうです。
こういうときは気負っちゃって、凝ったくった格好いい言葉を選びがちだと思うんだけど
すごーく、いいセレクトだなあと思いました。彼ららしいというか、姉目線ですが。

母はそのとき「絶体絶命」を推していました。ええ、成績のことです…。


9月とは思えない酷暑の中、元気な高校生たちを見て来た日曜だったのでした。
天真爛漫だなあ、と思いました。ようがんばった。





そのあと、お母さんとご飯を食べて、会社に行って
そんでKナミンとお茶をして写真展を見て、さらにもうひとつ写真展を見ました。


ふと、2つ目の写真展を見て思ったことなど。
文芸でも写真でもジャンルをまたいで共通しそうな、
作品が作品として成り立つための条件、
みたいなものをうっすら見つけたような気がしました。

まちの写真教室に集ったひとびとの発表の場で、
どれもやさしく、素敵な作品ばかりでした。
ですがわたしが一番いいなあと思ったのは、当然というか、
その教室を指導した先生の作品だったのです。もうほんと当たり前かもしれませんが。

それで、先生の作品が到達しているラインは何なのか、一生懸命かんがえてみました。

うまく書けるか分かんないのだけど、「作家性」、さらには「普遍性」なのでしょうか。

「わたしの感性」という自意識の引力圏から、ぐいっと外に脱却して、
想定された受け手のもとにしっかり、ぱしっと伝達ができているかどうか。


もちろん、趣味なんだから、本人がたのしいのが一番で、
作品がすてきだったら、言うまでもなく、十分。

そして、わたし自身にとっても、写真はたのしい趣味です。



でも、この考えを違うジャンルに場所を移してみたらどうなるか、と。

揺るぎない強さや魅力をもつ作品とは、
「わたしわたし」の自意識エリアから一歩出て、
あまねく伝達する力を持っているのではないかなと。



ちなみに、東京で一緒に写真展をやったまゆみちゃんの個展を見たときは
「作家性」ぽいものを強く感じたので、それを今日思い出した。
さいしょから仲良しで彼女の写真が好きだから、かもしれないんだけど…。



ぜんぜん、まったく天真爛漫でない考え事をしつつ、日曜日が終わります。
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