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壷屋が儲かる
2010年 10月 18日 (月) 02:02 | 編集
20100926_0007.jpg
好きな人がたくさんいて困ってる人の頭のなか 
Nikon EM / Nikkor 50mm F1.8 / Kodak SUPERGOLD400 / albus


ふははは 今日は会社に行かなかったぞ あした困るかもしれないぞ

いいや…。





唐突ではあるが、「ぐっときた壷」について書く。


今わたしは正真正銘のフリーなので、

アンテナの感度を調節し、ぐーんとハードルを下げ、

後学のために、けっこう何にでも「ぐっとくる」ようにセッティングされている。


このような状態の人が、「ぐっときた」ものを手当たり次第に

壷に入れて保存することは、この国の法律でゆるされている。(※ぐっときた法)


「ぐっとくる」は、事象そのものが重要なのであり、極端な話、対象は誰でもよろしい。

壷に入れて保存し、じっくりと観察、研究、考察をすることは、
自分の傾向をつかみ、今後に向けた対策を立てることにも非常に有益である。
たとえば今は、かなり何にでもぐっときているが、
同世代の男子に会う機会があんまりないせいか、壷の年齢には珍しく偏りが生じている。
これは極端な例ではあるが、わたしは今NHKBSでやっている、
1976年のバーンスタイン氏(収録当時57歳)の指揮とピアノにとてもぐっときている。
(先週もBShiでやってて見たの!超かっこいいの!!)


(こうやって壷の具体例をけむにまいている)


「ぐっときた」壷は、棚にならべて、肩肘をついて遠目に眺めるのがよろしい。
ひとつひとつの壷を、みだりに深追いしてはならない。それは壷でしかないのだから。


壷に入れて蓋をすることでいい具合に発酵が進み、
たとえば自分から発する「ぐっとこい」のために応用が効く場合すらあるのだ。
女子力の問題にかかわってくるけん、すごい難しいけどね!


同じ人物による「ぐっときた」壷ばかりが集まってくるようになったら、
それは言わずもがなである。
ついていた肘を伸ばし、新しい壷を抱えて目指す方向に走り始めるよりあるまい。


さて然るべきとき、つまり、ちいさな「ぐっときた」壷の蓋が開き、
中から王子さまっぽい人がばーんと登場したら、ほかの壷はどうするか。


だいじょうぶ、これまでの研究の成果は決して失われない。
しずかな月夜、蓋をとった壷を一つ残らず水につけてやる。
そうすればすべての壷の信管は抜け、処理作業はしずかに終わるのだ。


本当は壷なんぞちまちまとコレクションせずに、一発で恋に落ちたいところではある。


しかしいま棚に並べさせていただいている壷は、ひとつのこらず素敵だと思っている。

うまく言えんけれども、すてきです、すてきでした、ありがとうと声をかける。
ちょっと遠くから。





さて、ここに一枚のおみくじがある。
わたしは取材で神社に立ち寄ったら、ぜったいおみくじを引く。
いつも小吉とか末吉ばっかりなのだけど、先週はついに大吉を引き当てた!わーい!
しかも、今話題のパワースポットですからね!
小さな神社だし平日だったけれど、たくさんの参拝客でにぎわっておりましたよ!


さて念願の大吉。何て書いてあるかというと。


「少しでも我儘の気を起して色や酒に溺れるな」


…はい。


「縁談:多くて困ることあり 静かに心を定めなさい」



わー困っちゃーう。(棒読み)
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