春には雨を 和尚には沢庵を ハルサメアン
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アフター・ナインティーン
2010年 12月 20日 (月) 02:04 | 編集
210582899.jpg
日が沈んで、月が出ていて、ひとりで列車に乗って帰った。 iPhone


きょうはなんだかゆったりと幸せな日曜だなあと
思って、わかったことがある。そういえば、会社に行かなかった。





チケットを取ったときから不思議だったのだが、
なんだかいつものライブとは雰囲気がちがうようだった。
公式ホームページに案内のある電話番号に電話をしたら名前を聞かれて、
じゃあ会場で名前を言って引き換えてくださいという。
だいじょうぶだろうかこれで、ちゃんとチケット取れたんだろうか。値段は、わずか千円。


牛津という小さな町で、好きなバンドの里帰り公演があった。
もう8年も聴いている。ふるい友達になると、バンド名を出すと、「ああ」って。
いや、聴いている、っていうのも、時々聴くよという意味で、
高校3年から大学1年くらいまでの、ほとんど恋状態の心理からは脱している。
そうとはいえ、わたしはもういわゆる古参なのかもしれない。

今年の春は、ライブハウスに聴きに行った。久しぶりだった。
バンドといいつつも、すでに正式メンバーとしてはバンマス1人。
しばらく離れていたこともあり、前半はあまり身が入らなかったりしたのだけど
結果的にぜんぶ持ってかれてしまい、くらっくらになり、
その後1か月くらい最新アルバムを鬼のように聴き込んでしまった。


列車を乗り換えて長崎本線へ、ぜんぶで1時間くらい列車にゆられる。
駅からすぐの会場は赤れんが作りの小さな建物で、文化財に指定されていた。
手作りの立て看板が迎え、テントには腕章をした市の職員さんが。
物販コーナーにいる人も、あきらかにいつもと違う。間違いなく地元の人だ。


ライトグレーのジャケットとパンツ、ボタンダウンシャツにチャコールグレーのニット。
そして足元はいつもどおり、真っ白なコンバースのハイカット。

「White Christmas」のイントロをちゃかちゃかと鳴らしながら、
バンマス・田中氏は、アコースティックギターを抱えて登場した。


ぜんぜん分かってなかったのだけど、
田中さんの実家が、「すぐそこ」なのだそうだ。
会場を埋めているのは、半分以上が近所のおいちゃん、おばちゃん。
お母様も見えていたそうだ。
MCの合間に会場のさざめきから聞こえる、同級生のこと、中学校の先生の名前。
ほんとうにこれは「里帰り」で、地元の人々が誘致したものだったのだ。


ライブでありながら、前と後に実行委員会による噛みつつの〈司会進行〉があり、
様々な要因によるものであろうが、ざんねんなことにPAは滅茶苦茶であった。

それでも会場はひじょうに暖かく、
今までよそのライブでは聞いたことがなかった中学時代の話などで、
たくさんの人が喜び、笑っていた。


前半、のんびり準備していたサポートのギタリストに笑いながらつっこんだ言葉

「だって今、お茶飲みよったろ?」

一瞬だけ発せられたなめらかな方言に、おどろいてしまった。

「っと、ここらへんで標準語に戻らないとね、曲は標準語で作ってますからね」

今まで、福岡のライブでも佐賀のライブでも、
わたしは標準語のMCしか聞いたことがなかったはずだ、と思う。
あったとしても、地元公演でアーティストがよくやるサービスとして、の台詞しか。


後半のロックナンバーでは
PAの不調でボーカルマイクのレベルが明らかに足りないことが多かった。
見られていないだろうとは思ったけどわたしは、
田中氏を一生けんめい見つめ、はっきり口を開けて歌詞を歌った。
その歌わかる、なんども聞いてるよ、一緒に歌ってるよ。
裏打ちのハンドクラップも、最早もう応援となってしまった。けんめいに聴いた。


アンコール後、花束贈呈があった。

そして入り口の暗幕が開けられて、
オープニングアクトの人やサポートメンバーと一緒に、
田中さんは外へ。お見送りである。いつものライブでは考えられない…!

数年分のダイアリーや短編小説(これがまたすごい素敵なのだ)をまとめた本が
出たところだったので、どっちみち会場で買うつもりだった。
ちょっとそわそわしつつ列に並び、本を買う。

田中さんは、近所のおじさんや昔の友達、そんな感じの人と時折話しながら、
薄暮れの光の中で、オレンジと黄色の花束を抱いて立っていた。

物販のおばちゃんが「あ、いかんねこれ角が折れとるけん、綺麗なのと替えますね」。

深いコバルトブルーの、外国のペーパー・バックを模した瀟酒な装丁。
角が折れてしまったりするのはこの作り上、仕方ないことなのに。
丁寧に、ありがとうございます。

わたしの前に本を買ったお兄さんが、サインをしてもらっている。
はっきりと、「これからもがんばってください、応援しています」って声が聞こえる。

18とか19のとき、出待ちかサイン会か何かで、言葉を交わしたことはあったと思う。
無駄に若くて、多分にミーハーであった。あのときは、あれでよかったのだ。

しかし、何年もたった今、自分はおとなになったつもりでいて、
思いがけず再びやってきたあこがれとの邂逅に、
どうすればよいのかわからなかった。


結局、
サインを頂けますか、と
お願いしてわたしは、18とか19のときのように
有りがちないっぱいいっぱいのファンとして何も言えずに、
少しかすれた黒マジックがさらさらと筆記体をつむぐのをぼんやり見ていた。

たのしかったです、ありがとうございました
としか言えなかった。田中さんは、一拍おいてすっと右手を差し出してくれた。
ライブ中から気になっていた人差し指の指輪の、細かい彫りがよく見えた。
握手はふんわりとして温かだった。


「ずーっと聴いています」と伝えることは
迷惑になんてならなかったのかもしれないが、
「いっぱいいっぱいのいちファン」としては
少しでも自己アピールにつながりそうな言葉は、恐れ多すぎて厳重に封じてしまった。


自分が18とか19の年頃の心境に戻されるというのは
かなりタフな体験であり、ぐらぐらしながら会場を後にして、駅へ向かった。

熱い紅茶花伝を飲みながら電車を20分待った。

田中さんは、年をとらないなー。





ペーパー・バックのざら紙の中に、品よく組まれた縦組みの活字。

悲しいことにわたしは、読書が減って、ちいさな画面ばかり追うことが増えている。


帰りの電車で、ひとりの青年が数年にわたって紡いだ世界に没入しながら、

紙の本の中には、穏やかなうさぎのようなものがいて、

それを読むのは小さな息づかいや毛並みをゆっくりと愛でるような

ほんとうに落ち着ける体験だったのだなあと思った。


ちらちらする画面を、水底に沈められたら案外楽かもしれないのだが。

このコバルトブルーのペーパー・バックに綴じられた世界は、

繰り返し描かれてきた、
くつろいで微笑む、ブルー・ジーンの似合う素敵な女性の住む世界は、

いったいどこにあるんだろう。
Comment
この記事へのコメント
田中さん、かっこいいよね…。でもああいう人は現実にはおらんとばい、異性の理想はあそこに置いちゃいかんとばい!笑

自分を少しでも印象づけるようなことは言えない、っていう、
「いっぱいいっぱいのいちファンとしての心理」に甚く共感。
好きすぎると最早、ずっと聞いてました、とか、読んでました、とか、言えないよねぇ。
2010/ 12/ 20 (月) 10: 59: 09 | URL | 次女 # -[ 編集 ]
…ハイ、現実を直視して身分相応のお方を探します。笑

サインもらって何でうろたえたかめっちゃ考えたんやけどねー、
全然じぶんミーハーやん変わってねえ!っていうショックと、
やっぱりもっと話しとけばよかった!っていう心残りが
両方あるんやと思う、重傷(笑)

むろん、こないだきみが下北に行ったときの話を思い出していたよ。
好きすぎていっぱいいっぱいのレベルまでくると、最早なすすべがない☆
2010/ 12/ 26 (日) 18: 18: 20 | URL | 長女 # -[ 編集 ]
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