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がぶのみコーラ/「長い終わりが始まる」「論理と感性は相反しない」レビュー
2008年 11月 15日 (土) 16:31 | 編集
個人的に興味があるもの、好きなものについてながーく書くのは、
きっと独りよがりでつまらないだろう、と思う。
でも、Tなーのブログの、ギターのエフェクタについて綴られた長い記事は、
専門知識ゼロでいっちょん分からんかったのに、なんかおもしろかった。
いいエヘクタ手に入れられるといいね。

で、私は、好きな本について書きます。



長い終わり

「長い終わりが始まる」 講談社

レビューなどでは「いやな女」だと叩かれていた主人公・小笠原。
集団でうまくやれない小笠原。独りよがりな小笠原。

痛々しさが2,3年前の自分をみているようだった。
出だしの一文が好きだ。ぺらぺらのゼリーが。
エンディングが好きだ。ラーメン屋でひとり。白い湯気、外は雪。

恋はうまくいかず、就職も決まらず、指からこぼれ落ちるように1年間が終わり、
それでも小笠原は生きている。小笠原の人生はなおも続く。


論理と感性

「論理と感性は相反しない」 講談社

一番好き。連作短編集大好き。伏線とメタファーの宝庫。
書き下ろしだから超自由。らしさ爆発!
これが1編ずつ雑誌掲載とかだったら、連載は成り立たんだろう。


長くなったのでこっから追記じゃ。

言わずもがな、マユミズ氏はナオコーラ氏をにおわせる存在
現実と、エッセイと、小説の境界線があいまいで
読んでる人は、そのどこらへんか分かんない文章の波の中で
ゆらゆらするのが気持ちいい。

関西在住の記号論を語る男の子に恋をしたのではないだろうか
と思わせるようなエピソードが、この本に2編。
アンソロジー「恋のかけら」に収録されている、
「電車を乗り継いで大人になりました」も、そんなにおいがする。


彼女の小説は、世間的な意味でも、個人的な意味でも、とても今日性が強い。
出たハナから読んでいき、さらに他のエッセイなどの作品もあわせて読むと
ナオコーラ氏の「生きてます」の途中経過をでっかく楽しめます。
(途中経過、という表現はエッセイ集の帯にあった長嶋有さんの評。ひざポン!)
「論理と感性」のあとがきが、2回書かれたようになってるのも、まさに途中経過。

あとひとつ言えるのが、物語芸術、ではなく文章芸術、を明らかに指向していること。
だから「日常を淡々と」とか「薄っぺら」だって叩かれたりもしている。
でも私はエッセイとかで彼女の創作スタンスを知り、
「書きたいこと、伝えたいこと」は小説の必要条件ではない、と
目からうろこが落ちたのでした。


20081115155723.jpg
丸善で買ったサイン本。

この本の著者近影で着てる服がポールスミスの男物だ、ということらしい。
本人のweb日記「微炭酸ニッキ」でさっき知った。

来週土曜にトークイベントがあるのだけど
ピアノがあって、その後行けなくもないけど、会場のカフェの住所が
新宮の自動車学校行ってたころになじんだ地名だったので
ということは遠すぎるよねと思ってあきらめました。

ああ書いた。
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